身体で覚えるがいこくご

特にアジアに興味はなかったけど
仕事で韓国の人たちとの交流の日々。

必然的に「ハングル」を使わないとならない。

言葉って、本当に本当に大事な道具。

もちろん、言葉と相手が存在して初めて成り立つ
コミュニケーションもあるけど
言葉をもっともっと理解し合えていれば
通じなくて抱える不安や、逡巡が消えて
多くのことを解決する時間が短縮されると思う。


かなり昔にマレーシアに(生まれてはじめての海外)ロケに行ったとき
到着したその夜にカメラマンの岡さんに連れられて
現地のお友達の家の歓待を受けた。
食後、家の前の路地で遊んでいたら
そこに居たポルトガル人の男の子が「ポーギー、ポーギー」と言って
なんだか判らなくて、結局自分たちのこと「ポルトガル人」のことを指しているのを
私が理解して、相手も私が理解したことを理解した瞬間が
生まれてはじめての異文化交流だった。

お互いにうれしくて
そのときは思わず抱き合ってしまった。(赤面)

すかさず、そばにいた大人(当時私は19歳)に
「羽目をはずさないように」と釘を刺された。

違う文化、違う言葉を理解していくうちに
判ってくることが、本当に素敵だと思う。

韓国と日本の決定的な違いは
大陸と島国ということなんだと
つくづく思う今日この頃。
大体同じ顔なのに、この勢いの違いは
大陸的な迫力や、
地続き。という計り知れない安心感がDNAに入っているんじゃないだろうか。

昨日までで5つのハングルを覚えた。(鳥頭にしては優秀・・と自画自賛)

基本の
「アンニョンハセヨ~」(こんにちわ)
「カムサハムニダ~」(ありがとう)
「チョンマネヨ~」(どういたしまして)
「アンニョンヒガセヨ~」(さようなら・去る人に)
「アンニョンヒゲセヨ~」(さようなら・残る人に)
「スゴハショスムニダ」(お疲れ様でした)

で、ひと文節も。
チョヌン ●●● ルる チャオハスムニダ
(私は ●●● が 好きです)

これは使えます。

もちろん英語もがんばらないといけないのだけど。

同じ言葉を使うもの同士でも
深く理解するのは時間がかかったり
時間をかけても駄目だったり
相性の良し悪しとか決定的にあったりする。

生物学的に違う生き物でも
感情が通じることもある。

反日感情が髣髴している今だけど
せめて今、私が居るところだけは、
理解しあえる場所にしていたいと思う。
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by chutaro116 | 2005-04-19 03:16 | からだ

猫、表現、そして日々のこと。


by chutaro116
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