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若者の芝居

去年教えていた声優学校の卒業生達が
出演している芝居を観ました。

神楽坂のシアターIWATO。

たしかに上手ではないんだけど
カーテンコールでは本当に感動してしまいました。

不覚にも泣きそうになりました。

何がって、去年の教え子達が皆とても可愛くて
きらきらしていたからです。いい顔していたからです。

上手いか下手かなんてどうだっていいんです。
去年さんざん悩んだり叱ったり困ったり褒めたり喜んだり
いろんな時間を共有してきた若者たちが
全力を使い果たして舞台に立った、
そのことになんだかすごいピュアなエネルギーを感じたのです。

親ってこうゆう気持が味わえるんだと思いました。
教え子達は数人出ていたのですが、
『我が教え子達がみ~んなとても品が良くて一番上手いもん!!』
とすごい親心で
まともな判断できないまま帰宅しました。

鼻息も荒くなりました。
神楽坂では阿波踊りが繰り広げられていて
ますます興奮しました。

教えるという仕事を少しさせてもらうようになって
本当にいろんな事を考えることも多くて
自分自身の表現活動とのバランスとか
この先私自身はどうしたらいいのだろうとか
私は声優じゃないのに、
彼らに有益なことをきちんと伝えられているんだろうかとか
まじめに考えることも多くて
悩んでいたのだけど
自分の取り組んできたことに
素直に喜んだり
感動したり
自分を認めるということを
もう少し自分に許してもいいんじゃないかな
とも思いました。

たまたま教えるということをしているけれど
たとえば、作品を演出することも
制作することも、勿論出演することも
伝えたり、レスポンスを受けたり
考えたりぶつかる、という作業に
懸かる悩みみたいなものは
余り変わらないのかもしれない、
だとしたら、3時間のクラスも
2ヶ月間の稽古も
私のエネルギーの源には
変わりも偽りもない。

見えやすい形かどうか、だけなのかもしれないと思った。

数週間、ものすごく悩んでいたのだけど
悩みの鳥羽口は自分自身の視点の変化に
過ぎないのかもしれないとも思った。

みんなありがとう。
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by chutaro116 | 2007-07-27 23:55 | 芝居

オイル整体

今日はスタジオレイで
オイル整体をしてもらいました。

右側の坐骨にずっと違和感を感じていたのと
なんとなく身体にきしみ感を感じていたので、
ずっと気になっていた整体をお願いしました。

右側の違和感は、左側を使っていないので
右が働きすぎている。為。

左側のストレッチなどを沢山教えてもらいました。

そして、いざマッサージ。

私は今まで整体やマッサージを受けても
あまり『痛い!』と感じない方だったけど
今日の整体は、ピンポイントでぐいぐいと入って
結構叫びました。うるさかったと思います。

特に背面が凄かったです。背骨の脇とか、
お尻の辺り。

全身が終わったら、足浴。

ブクブクいうあれです。

あっという間に全身から汗が出てきました。

終わるともう、意識は朦朧としていて
家に戻り、トイレに入っただけでそのまま寝てしまいそうになりました。

遊びをせがむネコをあやしていても
しゃがんだまま玄関で寝てしまうので
危ないから布団で昼寝をしました。

爆睡。

オイル整体、本当に凄いです。
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by chutaro116 | 2007-07-20 03:03 | からだ

映画を観る

今月になって、映画を3本観ました(少ない・・)

『善き人のためのソナタ』『魔笛』

善き人~は号泣しました。
なんていうか、泣かせられるための涙じゃなくて
もっと深くて静かな波が押し寄せてくる感じでした。
主演のウルイッヒ・ミューエの演技がすごいです。
監督も若いけど脚本が非常にすばらしく描けていました。
世界は広いんだ


『それでも僕はやっていない』

日本映画は凄いなあ。
息もつけない作品でした。
周防監督すごいなあ。いつか周防監督の映画に出られたらいいなあ。

『魔笛』全く予備知識なく、突然観ました。
ものすごい予算をかけて作られています。
体力のあるときに楽しみたいと思いました。
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by chutaro116 | 2007-07-16 01:55 | 映画・ドラマ

熊井啓監督

今日は熊井啓監督のお別れ会でした。

昨年、今村昌平監督が亡くなって
今村監督のお別れ会の2次会がありました。

そのとき映画学校OBの私は幹事の一人でした。
新宿西口の居酒屋に、所狭しと集まった学校のOB
のなかに、突如として熊井監督もいらしたのです。

熊井監督は本当にお酒の席が大好きで
その日も、誰よりも元気にお酒を飲まれていました。

会が終わり帰る時に、
私が熊井監督に靴を間違えて履かせてしまいました。
最終的に残った靴が監督の靴だと判り
あわてて路上まで追いかけていき
靴を履き替えてもらいました。

そのときに大変お酒に酔われていた監督は
わたしにも「3次会いきましょう!」と誘ってくださったのですが
まだ雑務があったのと、朝までお付き合いする覚悟がなかったので
辞退してしまいました。
今から思うと、本当に申し訳なかったと思います。
熊井監督は盟友の今村監督が亡くなったことが
本当にさびしかったのだと思います。
(日活時代の先輩後輩だそうです)

熊井啓監督の作品は『式部物語』で新興宗教の信者の巡礼者の役で
出演させていただいてました。
阿蘇で約1ヶ月ロケをしていました。
私達の役は、大勢で出ていたので、
「エキストラに毛が生えた程度だけど」と
はじめに言われていたのですが、ふたを開けたら
般若心経を習う為に長野まで皆で事前研修に行ったり
ロケ中も、とにかくホンを読み込んでおくように言われ、
撮休の日も台本を皆で読み込んだりして
当初頂いた台本はボロボロになっていました。
いい芝居をしたらせりふをくれる、というような現場だったので
みんな必死で自分の役作りに燃えていました。

今村監督のお葬式の時にご挨拶をしたときには、
あまり私の印象はなかったようでしたが(涙)
『次回作を作りますからプロフィール送ってください』と
おっしゃってくださいました。
熊井監督は
おっしゃったことは必ずお守りになったという事です。

熊井監督が5月23日にご逝去された10日ほど前に
5月の芝居の案内を送ったばかりでした。
『はあたろう物語』の平石耕一氏は
熊井監督の「日本の黒い夏~冤罪」の原作者でしたので
是非観ていただきたいと思っていました。

熊井監督は、お倒れになった前日は
次回作の打合せをしていらしたそうです。
それを聞きほんとうに『残念だし、無念だろうな・・・』と思いました。

しかし今日、喪主の熊井明子夫人
『熊井は一つの作品が撮り終わったらすぐに次回作にかかっていました。
なのでいつも次回作の準備か
映画創りをしていたので、いつ死んでも残念。無念。
でも、いつ死んでもいい。と申していました。すばらしい監督人生でした・・・』
とお話されていました。
この言葉で、心が少し軽くなりました。
すばらしい奥様の言葉でした。

心からご冥福をお祈りいたします。

ベストライフオンラインというサイトに熊井監督のインタビューが掲載されています。

このサイト、今村監督のインタビューも掲載していたり
他にも充実したインタビューが掲載されています。
お薦めです。
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by chutaro116 | 2007-07-12 00:56 | 映画・ドラマ

更新

忠太郎ギャラリー更新しました

忠太郎より。

ヨロネコ
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by chutaro116 | 2007-07-05 02:01 | ペット

猫や芝居や日常


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